2008年09月05日

この『緊張感』がたまりません!

以前からですが、東京都内の駅では、車椅子の乗客の隣りに駅員が板を持って電車到着を待っている光景を見かけます。

ホームと電車の床の高さに差があるため、車椅子では乗降が困難ですから、その補助なのです。

電車が到着してドアが開くと、駅員が電車の床とホームに板を渡し、車椅子を押して車内へ上げます。

おそらく、鉄道会社の無償サービスなのでしょう。

さすがに、「不公平だ」などと苦情をいう人はいません。



しかし、なぜホームと電車の床の高さに差があるのでしょうか。

同じ高さであれば、誰の支援も要りません。

ホームを電車に合わせるよりは、電車をホームに合わせるのが、簡単です。

各駅のホームの高さは統一されていないでしょうから、完全に差を無くすことは不可能ですが、それでも現在よりは解消されるでしょう。



この例にかぎらず、我々の周辺には、車椅子利用者だけでなく、足の不自由な人を苦しめる環境が揃っています。

健常者にはどうでもいい段差が、彼らには絶えがたい障壁となっています。

もう少し知恵と費用をかければ、だれでも通行可能な場所が、なぜか階段となっています。

そのような光景は公共施設でも珍しくはありません。

階段を無くしてスロープにしたため、費用が多くかかっても、普通の正常な常識を持っている市民が「税金の無駄使いだ」などと苦情を言うはずがありません。



さて、あさって(9月7日)我が家では無線のネットワークが開通する予定です。

そのため、2階に設置してある『Vista』に無線アダプタをつけなければなりません。

本日、新宿西口にある有名ディスカウント店で無線アダプタを買いました。

先日の下見で、1480円の無線アダプタがあったので、それを買おうと決めていました。



念のため、売り場の商品案内係氏に聞くと「1階と2階の距離は、無線には大きいのです。1480円では使えるどうかわかりません」と言いました。

私個人の考えでは、『1480円』は同じ室内に親機と子機を置くならば、有効と思われます。

それより高い無線アダプタは、3940円です。

もちろん、それ以上に高いものはあります。

箱の裏を見ると、木造2階建ての住宅での使用例が書いてあります。

「たぶん、これなら大丈夫だろう」と自分自身に言い聞かせて、買ってしまいました。


さて、2日後、無事に開通するでしょうか。

何も考えていないと、『わくわく』と緊張感が交互に押し寄せてきます。

実は、この緊張感がたまらないのです。
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2008年09月04日

良心に障害ありか?

かつて『体の障害は不便ですが、不幸ではありません』と言った人がいました。

その言葉のおかげでしょうか、一躍有名人になりました。

障害があると、行動が思うにまかせませんし、経済的な負担があります。

ある人が「障害がある人は障害がない人の苦労を負担している。だから障害がない人は障害者に感謝しなければならない」と語っていました。

たしかに、そのとおりです。

それなのに、現実では陰口、悪口を言ったり、差別したり、まったく恩知らずです。


北海道札幌の某医師が、聴力が正常なのに『聴力異常』という多数の虚偽の診断書を発行しました。

それにより、障害者手帳の不正取得が行なわれました。

障害者手帳を持っていると、どれだけ便利または有利なのかはわかりません。

急ぎネットで調べると、健常者と同じ生活をおくるための公的な援助を受けられるそうです。

公的な援助を遺法に受ける、つまり税金が不正に使われることです。


記者たちから質問を受けた某医師は、疑惑を否定していました。

しかし、その様子をニュースで見ると、居直ったというか、逆ギレしたというか、多くの人の心証では『黒』です。

内心はビクビクしていたでしょう。

「お前らとは違うんだ」というギャグをかます余裕もなかったようです。
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2008年09月03日

もっとレべルの高い珍言を

『プライドは高いが、志は低い』(あるコントでのギャグです)首相が辞任の記者会見で発した一言がネット界で流行語になっています。

それは質問した記者に発した「あなたとは違うんですよ」です。

私は記者会見を見ていないので、いかなる流れで発せられたのかわかりません。

アメリカであれば、それを言われた記者が応戦するのでしょうが、日本ではそれだけの力量のある記者はいないでしょうから、無理でしょう。

もっとも別な見方をすれば、あの捨てゼリフを引き出した記者は『すご腕』なのかも知れません。

早くも今年の流行語大賞候補になっているようです。


建前では、政治家は『国民に向かって説明する』職業です。

彼らも人間ですから、時には名言、珍言、失言を吐いています。

いま、私が覚えているのは、次の珍言です。

   国鉄も俺の言うことを一つくらい聞いてくれてもいいじゃないか


この主は北関東の某県選出の衆議院議員で、当時は運輸大臣でした。

その代議士センセイが、国鉄(当時)ダイヤ改正で選挙区内の某駅に急行を停車させるよう指示していたことが発覚しました。

それが1966年9月3日でした。

釈明しましたが、翌月に辞任に追い込まれました。

日本の交通を考える運輸大臣よりも、地元の利益代表の顔を持っていたのでしょう。

そういえば、時代小説に出てくる侍のような名前でした。
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2008年09月02日

5本のペン、降伏文書調印の立役者

どの業界でも、それぞれ内部の事情があります。

政界でも、外部にはわからない、お家の事情があることも理解できます。

多くの国民が早く辞めろと言ってはいましたが、しかし、突然でした。

私には『投げ出した』としか思えません。

まったく無責任の極みです。

わずか1ヶ月前に内閣を改造しておきながら、政権を投げ出すとは!

本人は『前期高齢者』で、前任者のように体調不良には見えません。

この内閣改造で『貧乏くじ』を引いたのは農林水産大臣でしょう。

鬼門の農林水産大臣にならなければ、事務所経費問題でマスコミから叩かれなくて済んだのですから。

これ以上書くと血圧が上がりますから、ここまでにします。



血圧といえば、先週の8月27日(水)の健康診断結果が郵送で送られてきました。

おそるおそる封を開けて中を見ると、『多少』の指摘事項はありましたが、総合評価は『A』で問題なしでした。

これで『100歳』まで長生きできるかな?



長い人生では、他人に勝ったり負けたりは珍しくありません。

孫子の兵法にも『勝敗は兵家の常』とあります。

以前に負けた相手に、今度は勝てれば喜びはひとしおです。

そして、相手に「どんなもんだ!」という気持ちをあらわしたくなります。

だだし、露骨にあらわすと相手を刺激して、立場が逆転する恐れがあります。

いわゆる『復讐の連鎖』です。

中国の春秋戦国時代には『臥薪嘗胆』の故事があります。



63年前の1945年9月2日、かつての敗者が現在の敗者に『復讐』しました。

この日、日本が正式に第二次世界大戦の連合国に降伏しました。

東京湾上のアメリカの戦艦ミズーリ号で、日本の大本営と政府の代表が降伏文書に署名しました。

日本人が思っているように日本の降伏は8月15日でなく、この9月2日です。

表面では、ほとんど演出なしに終わったようですが、実際には『復讐』が盛り込まれていました。



連合国側の軍人の出席者にパーシバルとウェンライトがいました。

パーシバルという名は、多少でも太平洋戦争に関心がある人はご存知でしょう。

1942年2月当時、イギリス極東軍の司令官でした。

日本軍との停戦交渉で、山下奉文から「無条件降伏か、イエスかノーか」と突きつけられたといわれています。

実際は、通訳の不手際によるものだそうです。

パーシバルは降伏して捕虜となり、4年近くの収容所暮らしの後、解放されました。


ウェンライトはアメリカの軍人で、1942年5月、フィリピンで捕虜になりました。

マッカーサーがオーストラリアに脱出(逃亡)後は、フィリピンのアメリカ軍の司令官になりましたが、本間雅晴が指揮する日本軍に降伏しました。


パーシバル、ウェンライトは黄色人種の日本軍に降伏することは非常な屈辱であったでしょう。

マッカーサーが二人の心を『癒す』目的で出席させたかどうかはわかりません。


降伏文書の署名は敗者の日本だけでなく、勝者の連合国の各国代表も署名しました。

署名にために5本のペンが用意されました。

その中の2本がパーシバル、ウェンライトに進呈されました。

その2本が、その後どうなったかは、寡聞にしてわかりません。
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2008年09月01日

我が家にVistaがやって来た(その2)

昨日は、KDDIの光ケーブルからケーブルテレビ局の回線への切替を行いました。

午後の1時半に担当営業1名、工事担当2名が我が家にやってきました。

誰かわかりませんが日頃の心がけが良かったおかげで、突然の雨にも降られず、4時半には工事が終了しました。

パソコンをインターネットに接続するためには、光ケーブルとは別の設定が必要です。

専門の担当者がいるのですが、担当営業氏によれば「中学2年生でもできます」というので、私が設定することにしました。

もし、できなければ『中学2年生以下』であると、自ら証明したことになります。



実際には、設定に5分、前後の作業を含めても30分で完了しました。

短時間で終えたのは、工事担当者から渡された設定マニュアルとCDの内容が良かったためと考えています。

そして、私が設定マニュアルの内容に『素直』に従ったからです。

中には、『素直』でなく、マニュアルに書かれてないことをして、自らトラブルのタネを作ってしまう人がいます。



パソコンは、いまや全国通々浦々の家庭の中にまで普及しています。

2台、3台と保有している家庭も珍しくありません。

現在のパソコンの利用者の技術レベルは千差万別です。

動かすことはできるが、トラブルが起きたら『お手上げ』という利用者も多いでしょう。

これに備えてメーカーは、『ヘルプデスク』『ホットライン』などという名の相談窓口を設置しています。


利用者には「なかなか電話がつながらない」、「やっと電話がつながったが、解決しなかった」等の不満が多いようです。

担当者にすれば、パソコンに触って操作できれば、せめて画面が見えれば、すぐわかることでも、電話でのやりとりでは『隔靴掻痒』で、もどかしいものです。

最大の問題は利用者と担当者との間で、会話が成り立たない場合が多々あります。

利用者がパニック状態では、解決するはずのトラブルが解決しなくなります。


警察への110番、消防への119番でも、かけた側がパニックでは、現場がわからず出動が遅れてしまいます。

先日の北関東の集中豪雨では、一度に電話が集中したため、消防がパニックになりました。

水没した自動車の中から救援を求めた女性の電話は、他の現場と勘違いされて、助けられませんでした。

『想定外』の事だったのでしょうが、今後の対応の教訓になれば幸いです。



さて、我が家のIT化ですが、まだ2台目のVistaのインターネットへの接続が未完了です。

1台目のWin98と2台目のVistaは、無線でつなぎます。

その作業は、次週の日曜日です。
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2008年08月31日

集中豪雨の日本に『帰国』した一人の若者

本日の昼間は久しぶりに暑くなりましたが、夜は雨が降り出しました。

旧盆明けから、どれだけの雨が降ったでしょうか。

しかし、ニュースでは四国は水不足です。

四国の水不足のニュースでは、必ず登場する早明浦(さめうら)ダムの生活用水の貯水率がゼロ%になりました。

それでも、発電用の水が2600万トンあるため、それを使って何とかしのぐそうです。

原因はわかりませんが、雨が多すぎる地域と足りなさ過ぎる地域の差が極端です。

どれほど、文明が進歩しても、人間が必要とする水の多くは『天からのもらい水』、つまり雨に頼っています。

水という物資は、運ぶのに最も手間、金がかかります。

石油、天然ガスのようにパイプラインを敷設して運ぶとコストに大きく跳ね返るのでしょう。

しかし、そんなことを言っていられない時代が来るかも知れません。



昔の漫才のギャグに『小さな親切、大きなお世話』がありました。

こちらが親切、善意で行なっても、相手からみれば『迷惑』を端的にあらわしています。

国、民族が異なり、そして政治的立場がちがえば、迷惑を通り越して、『敵対行為』になります。

今回のアフガニスタンで起きたNGO団体の職員が殺された事件は、まさにそれです。

その人は、農業指導のために現地で活躍していましたが、その地のゲリラ、反政府、反米の組織から見れば、敵以外の何者でもないのでしょう。

まだ31歳の若さで、異国に死すとは、なんともいいようがないことです。

善意だけでは我が身を守れない、紛争地域では覚悟しなければならないことです。
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2008年08月30日

懲りない『お姫さま』

人間に限らず、動物の世界では離合集散が常にあります。

特に政界という魑魅魍魎(手書きでは絶対に書けません)が跋扈する世界では日常茶飯事です。

したがって、政党から他の政党へ、派閥から他の派閥への移動もよくあります。


第二次世界大戦で、イギリスを勝利に導いたウィンストン・チャーチルは、それについてこう言っています。

    他の党から私の党に来る者は英雄である。

    しかし私の党から他の党へ行く者は裏切り者である。


裏切り者について書かれた推理小説があります。

ある精密機器メーカーの研究所につとめる30歳代中ばの男がいました。

その男は研究成果に乏しいため、地位、給与が上がらず、常に不満を持っていました。

競争相手のメーカーは、その男の不満を煽って、研究内容を盗み出させました。

それが明るみにでて、その男は辞職せざるをえなくなります。

その男は競争相手のメーカーに貢献したのですが、そのメーカーはその男を入社させませんでした。

「スパイをするような人間は信用できない」が、その理由です。


チンギス・ハーンについても同じような話があります。

彼が、まだテムジンといっていた時代、かつての盟友と戦い、勝利しました。

その元盟友は、わずかな従者と草原をさまよいました。

従者らは主人を縛って、テムジンに差し出しました。

それを見たテムジンは、従者らを処刑しました。

わけを聞いた側近に、テムジンは「主人を裏切るやつは信用できない」と答えました。


昨今の民主党の離党議員を見て、以上の話を思い出しました。

特に『お姫さま』議員は、離党を表明してから、それを撤回するという無節操ぶりです。

2500年前、古人は「過ちを改めるに、はばかることなし」とおっしゃていますが、そのためには普段の言動が重要です。

国会での論戦よりも、ワイドショーの常連となっては、なにをかいわんやです。


次の選挙では、あの議員を選んだ選挙区の有権者の質、レベルが問われるでしょう。
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2008年08月29日

我が家に『Vista』がやってきた!

昨日の東京郊外、多摩の山間部、そして各地で『この世の雨の降りおさめ』かと思えるほどの大量かつ集中的な豪雨がありました。

新宿を起点とする京王線の終点のひとつが高尾山口です。

高尾山駅の構内で山肌が崩れて線路を埋めてしまい、回送電車が土砂に乗り上げて脱線しました。

そのため、今朝は一部区間が運休でした。

それ以外の線区は通勤、通学には支障はありませんでした。



昨日の23時に息子が北関東の自衛隊駐屯地から帰ってきました。

30日まで休みの予定でしたが、今朝の6時、駐屯地から呼び出しの電話があり、息子は戻りました。

駐屯地から我が家までは片道3時間です。

したがって、往復6時間、我が家の在宅は7時間でした。

7時のニュースでは、駐屯地がある市内を流れる川が溢れましたが、災害救助出動が必要な被害ではありません。

おそらく、他府県、他地方への災害救助出動に備えるのでしょう。


ある人が警察、海上保安庁、消防、自衛隊の採用試験を受けて、合格するかどうかは『趣味』が大きく関わるそうです。

その人の趣味が『外国旅行』『アウトドア』『遠洋ヨット航海』では、不合格でしょう。

もし、『囲碁、将棋』『読書』『盆栽』のように自宅内でできる趣味であれば、まず合格間違いなしです。

つまり、招集をかけて、すぐ駆けつけられなければ役に立たないからです。


息子の趣味は『ゲーム』です。

もちろん、それだけで合格したとは、親としては思いたくはありません。


さて、昨日我が家にWindows Vista搭載のパソコンが到着しました。

すでに購入済みのシャープの液晶テレビをモニタとして使います。

これを使用するのは、妻です。

普通のモニタでは字が小さいというので、大型の液晶テレビを以前に買いました。

パソコンのインストールは20分で完了しました。

まだ、インターネットにはつながりません。

これで、我が家には2台のパソコンが鎮座することになりました。

その2台のパソコンを同時にインターネットとつなげるためのハードの準備、ソフトウェアの設定が、次の課題です。

無線LANを使おうかと考えていますが、その結果は後で報告します。
posted by 陳澤民 at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月28日

ケニアの青年に教えられた『我慢』『がまん』そして『ガマン』

随分と以前ですが、北関東の太平洋岸のある工業都市(となれば、茨城県の日立市です)に、しばらく長期出張しました。

当時は独身で、千葉県の松戸に住んでいました。

松戸から日立までは常磐線で乗り換えなしです。

余談ですが、『二十一世紀梨』の生まれ故郷は松戸です。


ホテルに泊まると費用がかさみますから、顧客の寮の空き部屋を借りました。

その寮は、太平洋に面した海岸を見下ろす高台にありました。

したがって、1年365日、1日24時間、休み無く波の音が聞こえます。

私は神経が図太いのか、それとも鈍いのか、最初の夜から良く眠れました。

ついぞ、睡眠不足にはなりませんでした。

人によりけりですが、波の音は、母親の胎内の海の中に揺られていた時の思い出かも知れません。

生まれた時から、波の音を聞いて育った人は、内陸へ行くと聞こえませんから、かえって不眠症になるのでしょうか。


昔ですが、ある地方の市役所に「蛙の声がうるさい。これは公害だ。なんとかしろ」とクレームをつけた人がいました。

現在の『モンスター市民』のご先祖です。


同じ音でも、人によって快適か不快か分かれます。

最近の好例は、電車内のイヤホンから漏れる音です。


楽器のヴィオリンは、弾く人の技量と場所によって、音楽か騒音かが決まります。

世界的なヴィオリニストが音響効果のすぐれた会場で弾くならば、聴衆をうっとりさせるでしょう。

しかし、サザエさんの夫のフグタマスオ氏が弾くと、鋸の目立てと勘違いされ、近所の顰蹙をかうこと必定です。


1974年8月28日、神奈川県湘南地方の平塚市の団地で、母子3人が階上の住人により刺殺されました。

原因は「ピアノの音がうるさい」でした。

世に言う『ピアノ騒音殺人事件』です。

当時の家庭用クーラーの普及率はわかりませんが、夏ですから窓を閉めることができず、ピアノの音が直接、加害者の部屋に侵入したのでしょう。

現在の言葉では『キレタ』のでしょう。

被害者は、まさかピアノの音が騒音になるとは考えもしなかったかも知れません。

この事件は団地だから起きたとはいえません。

人口が過密な大都市では、どこでも起こります。


やがて、日本の人口は減少するそうでうから、それまで我慢しなければならないでしょうか。

それとも、北海道の道北の原野の真ん中に引っ越しましょうか。
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2008年08月27日

来なかった?『美女応援団』、北朝鮮版『ジェリコの壁』

毎朝、ニュースを見るため、テレビをつけると殆どのチャンネルが『北京オリンピック』であった3週間が終わりました。

私は、殆どのオリンピック関連ニュースを見ていないので、断言はできませんが、ニュースに登場しない人々がいます。

それは北朝鮮の『美女応援団』です。

『なぜ北京に”美女応援団”は来なかったのか』という見出しの記事を、韓国の有力紙『朝鮮日報』が報じています。

以前、釜山で開催されたアジア大会に北朝鮮は270人の『美女応援団』を投入しました。

その美女の色香に迷ったのか、韓国人男性の『パパラッチ』『おっかけ』が多数発生する騒ぎが起きました。

朝鮮半島には『男は南、女は北』のことわざがあるそうです。

この騒ぎを『南の女』はどう思ったのでしょう。

『南の男』の女を見る眼がないことを軽蔑したでしょうか、「男はそんなものよ」と達観したでしょうか。


今回の北京オリンピックにも『美女応援団』が来るという噂はあったそうです。

しかし、一人も来なかったのです(たぶん)。

この原因を『朝鮮日報』の記者が分析しました。

アジア大会から帰国した美女たちが、豊かな韓国の姿を周りの人々に話したことが北朝鮮当局の逆鱗にふれたと結論づけています。

韓国に派遣される前、美女たちは「韓国で見たことは口外しない」という誓約書に署名しました。


彼女たちが北朝鮮で教えられた韓国を実際の姿があまりに違って見えたのでしょう。

それを話すなと言われても、女性の口に戸は立てられません。

サザエさんは、5分以上話をしないと、口がむずむずしてきます。

270人の美女たちも同じであったかも知れません。

ただし、北朝鮮国内には、国民の行動を監視する網が縦横無尽に張り巡らされているそうです。


270人の女性の口から出た情報が、1ヶ月でどれだけの人に伝わったかはわかりません。

はたして、現在の北朝鮮の支配体制を揺るがせるほどの威力があるかも、もちろんわかりません。

たとえ、韓国の実情を話したのが、わずか1人で、他の269人が口を閉ざしていても、独裁体制の上層部の人には脅威なのでしょう。


聖書に『ジェリコの壁』という話があります。

預言者モーゼの後継者のヨシュアがジェリコの町を占領しようとしますが、攻め落とせません。

それでヨシュアは、イスラエルの民に『契約の箱』を担がせ、7日間ジェリコの城壁の周りを廻らました。

そして一斉に角笛を吹くと、その巨大なジェリコの城壁が崩れたといわれています。

事実であれば、世界最初の『音波兵器』の登場です。


はたして、美女の口は独裁体制の壁を崩せるでしょうか。
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2008年08月26日

求む! 国家の病気の直し方

「病気にかからず、健康で長生きしたい」は、人間の永遠の願いです。

その願いは、なかなか叶えられません。

文明が進むほど、なぜか新しい病気が出現します。

文明によって撲滅したはずの病気までが復活しています。

結核、天然痘などが復活した病気です。


病気は人間だけでなく、国家をも襲います。

日本語では『病』の前に国名をつけると、その国家は病気にかかっていることをあらわします。

かつては『イギリス病』がありました。

19世紀には『陽が没することなき大英帝国』でしたが、第一次世界大戦で、まず基礎が揺るぎました。

第二次大戦後は、アメリカ、ソ連に世界の派遣を奪われました。


19世紀に、『瀕死の重病人』といわれる帝国がありました。

かつては、アジア、ヨーロッパ、アフリカの三大陸にまたがる領土をもっていたオスマン・トルコ帝国です。

その『瀕死の重病人』に群がって、病状を更に悪化させた国の中にイギリスがありました。

やがて、自分自身が病人になってしまったのです。


病気を直す方法として、薬、手術がありますが、肝心なのは自分自身の体の改善です。

しかし、『言うは易し、行うは難し』です。


国家の病気の治療は、さらに困難です。

『総論賛成、各論反対』となり、立ち往生してしまうことが珍しくありません。


1980年代、そのイギリスに『鉄の女』が登場しました。

彼女は、改革に抵抗する勢力を叩き潰し、イギリスを不治の病から救ったといわれています。


しかし、『鉄の女』も加齢には勝てません。

あるニュースによれば、彼女は『痴呆症』にかかり、記憶力が減退しています。

夫が亡くなったこともわかっていないようです。

彼女は、現在82歳です。


同時代のアメリカに、俳優出身の大統領がいました。

強いアメリカをスローガンとして、ついにソ連との冷戦に打ち勝ちました。

その強い大統領も、晩年には『アルツハイマー病』となりました。

2004年6月、93歳で死去しました。


『痴呆症』、『アルツハイマー病』のどちらにも、かかりたくはありませんが、こればかりは「かからないぞ」と意気込んでも、どうにもなりません。


さて、『イギリス病』の次は『日本病』ですが、こちらには名医はいるのでしょうか?
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2008年08月25日

百円札の終焉の日

東京23区の西南部に『世田谷区』があります。

この区より面積が大きい区はほかにありますが、人口は23区で第一位です。

日本の47都道府県で最も人口が少ない県よりも多く、82万人です。

(もちろん、多ければいいというものでは、ございません)

「それならば、県として独立したらどうか」といわれそうですが、残念ながら経済的な問題で不可能でしょう。

たしかに、世田谷区は資産家が多いといわれていますが、それだけでは県として自立するだけの税収がありません。

基本的には住宅、商業地域ですから、有力な企業、工場がなく、固定資産税があてにできません。

その代わり、有名俳優、小説家が多く住んでおり、『文化』のイメージがあります。

世田谷区のある地に『世田谷区文学館』があります。



本年8月から9月にかけて、『宮脇俊三展』が開催されています。

ほとんどの人は、知らない名前でしょう。

鉄道ファンであれば神様のような存在ですが、惜しむらくは5年前に死去しました。

昭和53年、当時の国鉄全線を走破し、その体験を『時刻表2万キロ』という書名で出版しました。

それ以来、『乗りつぶし』が流行し、ついに国鉄も便乗しました。

宮脇氏は某出版社の取締役でしたが、『時刻表2万キロ』の出版元は他社であったため、ケジメをつけて退社しました。

それ以来、氏は『紀行作家』として国内だけでなく、国外の鉄道にも挑戦しました。



アフリカの某国での紀行文の中で、「この国は小額通貨は硬貨でなく、紙幣である」と書いています。

ここでいう小額通貨とは、日本でいえば1円、5円、10円で、いうまでもなく日本では硬貨です。

その国は、それらを硬貨でなく紙幣として発行しているのです。

推測するに、紙幣は硬貨より原価が大きく違うのでしょう。

「この国の小額紙幣は、手垢と汚れでボロポロになっている。日本では『すみません』と言わなければ渡せない」と氏は書いています。



1966年8月26日、百円札を廃止して新硬貨に切り換えることを閣議で決定しました。

ご承知のとおり、現在は500円以下は全て硬貨です。

それまでは百円紙幣があったのです。

私も記憶の片隅に残っています。

高校時代の英語の参考書に、慣用句の言い方として、以下の例文がありました。

   最近は100円玉も使いでがなくなったね。

   ラーメン食べて、コーヒーを飲めば消えてしまうから。

現在の東京では、1000円あっても足らないかも知れません。

『ワン・コイン』といえば、現在では500円です。

もはや、100円以下の硬貨は『コイン』の仲間に入れてもらえないのです。
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2008年08月24日

なぜか、チキンラーメンから西田敏行へ

今日の東京は朝から雨で、肌寒い陽気です。

9日前の15日の猛暑は、なんだったのでしょうか。

日曜日に雨が降ると、思い出すコマーシャルソングがあります。

   雨が降ってる日曜日。

   坊や、どろんこ、なぜ泣くの?

   あそこの角で転んだの。

   どうして、そんなに急いだの?

   ●●即席ラーメン、パパと一緒に食べたいの。

●●は星の名前です。

ずいぶんと以前ですが、当時は『即席ラーメン』と呼んでいました。


同じメーカーではありませんが、1958年8月25日、『チキンラーメン』が発売されました。

それまでの『支那そば』『中華そば』にかわり、『ラーメン』という名が全国に広がったといわれています。

総業者でもある考案者は、家庭の天ぷらの製法から『チキンラーメン』のヒントを得たそうです。


この原理は、かつての日本にあった『干飯(ほしいい)』と同じです。

いわゆるでんぷんの『アルファ化』ですが、我らのご先祖様は、そういう原理は知らなくても、長期保存の方法をご存知でした。


焼きおにぎりは、短期保存版かも知れません。

ある時、徳川家康は焼きおにぎりを持って、家来と鷹狩に行きました。

獲物が多かったため、家康は気前よく焼きおにぎりを家来や犬に与えてしまいました。

その結果として、自分の食べる分がなくなってしまったのです。

やむをえず、近くの農家で山芋をゆでてもらい、塩をつけて食べたそうです。

さぞや美味かったでしょう。


なんとなく、落語の『目黒のさんま』を思わせる話です。

この噺の殿様のモデルは、三代目将軍の家光であるという説があります。

家光の弟といえば、粛清された忠長がいますが、もうひとり母の違う弟、保科正之がいました。

その弟の存在を知ったのが、目黒のある寺でした。

それまで家光が知らなかった理由は、父の秀忠が恐妻家で、正室以外から生まれた子を認知していなかったのです。


秀忠といえば、父の家康と正室には、頭が上がらなかったといわれていました。

実際には、なかなかに強かな人物であったようです。

芝居、映画、ドラマでは、なかなかに演技力を要する役です。

ついつい最近では、NHKの大河ドラマ『葵三代』では配役は西田敏行でした。

西田敏行は、大河ドラマでは豊臣秀吉、徳川吉宗を演じています。

私は、それぞれに性格が異なる役を好演したと思っています。

名優の範疇にいれてよい役者の一人です。
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2008年08月23日

神の怒り? ポンペイ最後の日

最近は東京でも地震をたびたび感じます。

被害はありませんが、自分が立っている大地が揺れるのは気持ちのいいものではありません。

横揺れよりも、縦揺れが多く、それもまた不気味です。

揺れたからといって、机の下に身を隠したりせず、「たぶん大丈夫だろう」と自分自身を納得させています。

日本は『地震大国』であると同時に『火山大国』でもあります。


地震、火山は地球という星の営みのひとつですから、地球上のどこにいても、火山はともかく、地震からは逃げようがないでしょう。

火山といえば、ヨーロッパのイタリアも火山が多い国です。

『80日間世界一周』で有名なジュール・ベルヌには、アイスランドの火山の火口から地底にもぐり、やがてイタリアのチボリ火山の火口に出るという作があります。


今から1900年以上前の西暦79年8月24日、イタリアのヴェスビアス火山が大噴火しました。

その大噴火で、おびただしい火山灰が近くのポンペイ市街を埋没させました。

ポンペイはナポリのすぐ近くで、ローマから200キロ離れています。

ローマ市内にも火山灰が降ったかどうかはわかりません。

当時はローマ帝政が始まってから約100年で、まだまだローマ帝国に活力がみなぎっていた時代です。


アジアでは、後漢王朝が創建されてから、54年が経過していました。

江戸時代、九州福岡の志賀島で金印が発見されましたが、その金印が後漢の光武帝により当時の倭国へ与えられた時代です。

邪馬台国の卑弥呼の登場は、150年後です。


ヴェスビアス火山の大噴火を当時のローマ人がどう受け止めたかは、寡聞にしてわかりません。

なかには『神の怒り』と感じた人もいたでしょう。

これが、300年後であれば、帝国の衰退、ゲルマン人の大移動により、多くの人が『神の罰』と受け取ったでしょう。

『ローマは一日してならず』は日本でもよく使われています。

そのローマも永遠には続きませんでした。

『おごるローマは久しからず』です。
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2008年08月22日

華国鋒、死す

最近は鳥羽亮の時代小説を読んでいます。

舞台は江戸時代、主人公の多くは江戸の町道場主、地方の藩の下級武士です。

彼らは剣術にすぐれていますが、それだけでは世の中を渡っていったり、出世はできません。

現在読んでいる話の主人公は、剣術の腕があだになり、お家騒動に巻き込まれます。



時代劇では、お家騒動といえば、後継者問題が描かれています。

後継者がいないと藩が取り潰される恐れがありますから、藩主が重病になると、なんとしても後継者を決めなければなりません。

そうなると必ず登場するのが、藩主の正室から生まれた凡庸な長男、側室から生まれた賢い次男です。

どちらを次期藩主にするかで、藩内が紛糾し、時には暗殺事件が起きます。

破れた側は、役職を罷免されたり、家禄を減らされたり、運が悪いと腹を切る人も出てきます。



江戸時代中期以降は、お家騒動といっても、かなり様変わりします。

後継者の問題よりも、財政改革をめぐっての対立が軸になります。



幕府、大名から旗本、御家人まで、多くが財政赤字に悩まされ、借金なしには、日をすごせなくなりました。

現在の日本と変わらない状況です。

そうなると誰でも『どげんとかせんといかん』と思います。

それが対立を生む始まりです。

なにがなんでも改革という派と現在の既得権益を守りたいという派が衝突します。


さらには、改革派の中でも手段が違うための対立が発生します。

対立が泥沼になると、武力で、つまり剣を使って対立派の有力者を暗殺しようとします。

そういう時に使われる、いわゆる刺客には剣術にすぐれた下級藩士が使われます。

成功後の役職登用、家禄の増加を鼻の先にぶらつかせて、その気にさせます。

しかし、成功すると「死人に口なし」「知りすぎた者は消せ」で、別な刺客に命をねらわれます。

血みどろの権力闘争になるのは、政権交代の論理が確率していないためと考えられます。

破れれば、自分の命だけでなく、家族、一族にも粛清がおよぶ場合があります。



現在でも専制政治、独裁政治の国家では、よくある光景です。

そういう社会では、前の権力者がベッドの上で息を引き取ることは困難です。


本年の8月20日、中国の元共産党主席の華国鋒が87歳で死去しました。

1976年、死期が迫った毛澤東から「君がやってくれれば安心だ」といわれたとして、国家出席に就任しました。

一説では毛澤東の庶子だといわれています。


しかし、共産党内部のすさまじい権力闘争に勝つことはできず、1978年、党の実権をケ小平に奪われました。

2002年に引退するまで、党の中央委員でしたが、まったく表の舞台には登場していません。

あるメールマガジンによれば、『最後の共産主義者』と書かれていました。

『改革開放』から以降は、中国の『共産主義者』は『資本主義者』になったといわれています。


華国鋒は、ベッドの上で、安らかどうかはさておき、息を引き取ることができました。

さて、次も人間に生まれ変われるなら、どの国に生まれたいと思っているのでしょうか。
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2008年08月21日

猿の聖域

私が故郷に住んでいた子供時代ですから、かなり昔の話です。

その当時は、駅前通りの繁華街でも馬の姿がありました。

現在では、『馬』といえば『競馬』ですが、あの当時は、農耕用か馬車という輸送手段に使われていました。

農村地帯の中の地方の小都市ですから、馬が歩いていても、誰も騒ぎませんでした。

『馬』は日常の光景であったのです。

もし、現在の大都市に馬が現れたなら、たとえ馬を御する人と一緒でも、当日夕方のローカルニュースに登場するでしょう。


私が現在住んでいる地区は、ほんの30年前まで農村地帯です。

現在でも、ところどころに畑があり、農産物が無人販売所で売られています。

私が徒歩で行ける範囲に図書館が2ヶ所あります。

遠い位置にある図書館への途中に、昔は農家であったろうと思わせる、庭の広い家があります。

昼間に通ると、数羽の鶏が遊んで(?)います。

近くを通りかかる人の多くは、立ち止まったり、立ち止まらない場合は、視線を鶏に向けていきます。

猫や犬なら、わざわざ立ち止まったりはしないでしょう。

珍しくても、その鶏を捕獲しようとする人もいません。


しかし、これが猪、猿、虎(?)、鰐(?)であれば、捕まえてやろうと張り切るでしょう。

そして、明朝のニュースに出ること必定です。


昨日の渋谷の猿捕獲作戦は、あれだけ多くの人員を投入しながら、人間の完敗でした。

猿と人間の機動力の差です。


ニュースによれば、ごく最近にも猿が出没している地域がありました。

専門家によれば、多摩地区の山岳に住んでいる野生の猿だそうです。

同じ猿であるとすれば、この人口密集地帯を潜り抜けて、よく渋谷まで来られたものです。

人間があふれているようで、意外と猿には聖域といえる場所があるのでしょう。
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2008年08月20日

堕ちた『台湾の子』

パキスタンの前大統領のムシャラフは、巡礼に出るそうです。

国内にいては、生命が危険になるのかも知れません。



韓国では、前の大統領が任期中の違法行為を暴かれて裁判にかけられ、有罪となりました。



同様なことが台湾で起きようとしています。

前総統の陳水扁が選挙資金の残りを海外に不正送金したという疑いです。

それに対して、妻がやった、他の政治家もやっていると、弁解しました。

どこかの国の政治家と同じことを言っています。


彼は国民党時代の1980年代、戒厳令違反に問われて裁判にかけられて有罪となり、短期間ですが、収監されました。

収監の時、彼は『光栄入獄』と書いた『たすき』をかけました。

大勢の支持者が刑務所の前まで見送りに行きました。

この『入獄』は勲章となり、さらに『台湾の子』という清新で正直なイメージが台北市長、そして総統への道につながりました。

もし、今回も有罪となり収監されても、誰も見送りには行かないでしょうし、同情すらされないでしょう。



でも、多少は弁護するならば、なぜ発覚したのでしょうか。

彼および家族の金の出し入れが『狙い撃ち』されたといわれています。

国民党内で『反台湾』感情を持っている人たちは「台湾人が総統となった恨みを忘れない」そうです。

「台湾人のくせに、8年間も政権を担当した陳水扁は許せない」のでしょう。

馬英九が政権を取り戻した後は、誰かから「何が何でも陳水扁を罪に落せ」と言う指令がでて、それで陳水扁と家族の金の出入記録を調べたのかも知れません。


『権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する』といいます。

おそらく、権力の魔力に魅せられ、魂を売ってしまったのでしょう。


ある台湾人の青年が「国民党がだめなら、4年後がある」とインタビューに答えていました。

現在の台湾人の無気力さで、はたして『4年後』はあるでしょうか。


(台湾に関しては、台湾系団体のメールマガジンの記事を参考にして、私の推測を加えて書いています)
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2008年08月19日

中国の民族数は『55』である!

パキスタンのムシャラフ大統領が辞意を表明しました。

8年前の同時多発テロ後は、国内の反対を押し切って、アメリカのアフガニスタン・タリバン政権への攻撃を支持しました。

後継者の政策はわかりませんが、アメリカは政策の転換を迫られるかも知れません。



ムシャラフ大統領といえば、1999年、参謀総長として軍事クーデターを起こして、全権を掌握しました。

クーデターは非合法手段による政権奪取ですから、『勝てば官軍、負ければ賊軍』です。

『官軍』になるためには『力』が必要であるため、一般には軍隊を動かせる力を持った人物、または集団が原動力となります。

クーデターは民主主義国家では例がないのですが、『クーデター』という用語がフランス語であるとは、何たる皮肉でしょうか。



日本でも、何度かクーデターらしきものが起きています。

私は、日本における由緒正しいクーデターは、645年の『大化の改新』が最初で最後であると考えています。

明治維新が革命なのか、クーデターであるかは、おおいに議論が分かれるでしょう。



1936年の226事件の性格についても、意見が分かれます。

当日、あるアメリカ人が現場近くへ行き、英語がわかりそうな日本人に質問しました。

   アメリカ人  これは革命ですか?

   日本人    いいえ、天皇陛下の国に革命はありません。

   アメリカ人  では、クーデターですか。

   日本人    いいえ、天皇陛下の国にクーデターはありません。



1991年8月19日、ゴルバチョフ政権下のソ連でクーデターが発生しました。

保守派のヤナーエフ副大統領らがゴルバチョフ大統領を休養先で軟禁したのです。

しかし、このクーデターはあっけなく失敗しました。

   いまや、ソ連はクーデターも満足にできないのか。

これは、クーデター騒ぎを報じたある新聞の記事の一部です。



クーデターは国家だけでなく、企業でもありえます。

昔、某有名デパートで社長の解任騒ぎがありました。

社長の「なぜだ!」は流行語になりました。



国家、企業だけでなく、家庭で起きても不思議ではありません。

『亭主関白』を気取っていると、いつのまにか妻、息子、娘のクーデターで失脚する例もあります。



さて、いよいよ、真打の登場です。

北京オリンピックの開会式では、これまでにも『偽造』『捏造』『改竄』が明らかにされました。

国内に住む『56』の民族の子どもたちが行進しましたが、じつは大部分が漢族の子どもたちでした。

じつは『56』という数字が『改竄』です。

『56』は『漢族』+『55』の少数民族をあらわします。

ところが『55』には、台湾の高山族が含まれています。

高山族とは、台湾では『現住民族』、日本では『高砂族』と呼ばれる人々です。

台湾は台湾で、中国とは異なる国であると認識している私からすれば『55』が正しく、『56』は事実誤認です。

中国が『56』であると主張するのは勝手ですが、日本人がそれに盲従する必要はないと主張します。

なんといっても、『日中共同声明』では台湾は中国の一部であるとは、一言も明記しておりません。
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2008年08月18日

『あめ』で火事が起きた?

日本を代表するホテルである東京日比谷の『帝国ホテル』で火事がありました。

東京のホテルの火事といえば、ホテル『ニュージャパン』を思い出します。

幸いにも、今回は死者、負傷者はありませんでした。

火災の翌日、ニュースサイトを見ると、帝国ホテル火事の続報として『火事の原因はあめ』と出ていました。

私は、この『あめ』を『雨』と理解しました。

そして「帝国ホテルは1890年の落成だから、老朽化して雨漏りがあり、それで漏電して火事になった」と結論を出してしまいました。

それは、とんだ早とちりでした。

『あめ』は『雨』でなく『飴』でした。

飴細工を作るバーナーが原因でした。

自分の粗忽をたなにあげて、「ただ『あめ』では、『雨』『飴』のどちらか、まぎらわしいな」と思ってしまいました。


まぎらわしいといえば、『米』と『コメ』です。

現在のテレビ、新聞のニュースでは『米』は『アメリカ』、『コメ』は日本人の主食の意味で使っています。

どちらも日本、日本人には大切ですが、2000年以上も日本人を支えた主食をカタカナで表記するのは、なんとも納得がいきません。


『米』『アメリカ』では、通訳業界に永遠に残るエピソードがあります。

あるエライ代議士センセイがアメリカを訪問しました。

そのセンセイはアメリカの高官に、以下の挨拶をしました。

   貴国アメリカの略称は、日本では『米国』です。

   日本人の主食は『米』です。

   おたがい、浅からぬ縁がありますね。

さあ、会談の通訳氏は、この挨拶をどう訳したのでしょうか。   
posted by 陳澤民 at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月17日

デヴィ夫人の夫、独立を宣言す

毎年、この季節になると太平洋戦争、または大東亜戦争のついての議論があります。

肯定派の主張は『自衛戦争であった。これによりアジアは植民地から独立できた』です。

それに対して否定派は『完全な侵略戦争であった』と主張しています。

以前は、私は否定派でしたが、最近はかなり肯定派に近くなってきました。


数年前に死去した『人権派』弁護士について、興味ある話があります。

ある暴力団の幹部がその弁護士に「先生、左翼と右翼はどう違いますか」と聞きました。

弁護士、答えて曰く「太平洋戦争を侵略戦争と考えるのが左翼、自衛戦争と考えるのが右翼です」。

その答えに、暴力団幹部「それなら、私は左翼です。よその縄張りに武器を持って押し入れば、だれがみても侵略です」。

私は、その暴力団幹部の考えに納得してしまいました。

たとえ、植民地支配下であっても、いきなり戦争に巻き込まれれば、これほど迷惑至極なことはありません。


肯定派の『これによりアジアは植民地から独立できた』は『結果』として、そうなったと考えています。

太平洋戦争中に、ビルマとフィリピンは独立しましたが、満州国と同様に日本が全般をコントロールしていたようです。

マレー半島、インドネシアは独立を認められませんでした。


1945年8月17日、スカルノがインドネシアの独立を宣言しました。

しかし、300年間もインドネシアを支配したオランダは、独立を認めませんでした。

その後、独立の戦いが4年間も続きました。

1949年12月27日、独立が承認されました。


インドネシアは『赤道にちりばめられた宝石』と呼ばれています。

地図を見ると赤道を対称軸にして、東西4500キロに7500の島が散在しています。

それぞれに、風俗、習慣、言語、宗教が違っています。

それらが現在はインドネシアというひとつの国家としてまとまっています。

それは、300年のオランダ植民地支配による意識の統一の結果かも知れません。
posted by 陳澤民 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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