2008年11月24日

『実年』?、そんなの関係ねえ!

今度の総理のあだ名は『漫画太郎』でしたが、最近は『新KY』または『ダブルKY』というそうです。

『空気が読めない』に『漢字が読めない』が強固に合体した『ダブルKY』です。

旧『KY』は、誰が言い出したのかはわかりませんですが、言葉が軽くなった昨今を象徴する言葉です。

この言葉は、自然発生的に生まれたのでしょうが、『需要』があったためか、あっというまに『市民権』を獲得してしまいました。

私は好きではありませんが、自然に発生した言葉は、自然に消滅しないかぎり、つまり誰も使わなくなるまで、永遠に残るでしょう。


官僚主導というか、官公庁主導というか、上から押し付けた言葉は、すぐ廃れるか、またはおじょくって使われるようです。

その代表例が『ぜいたくは敵だ』という標語です。

これは太平洋戦争直前か開始直後に、国民生活を引き締めるために、どこかのエライ人が考えたのでしょう。

しかし、そういうエライ人が権力を使ってぜいたくをしていました。

国民もバカではありませんから、そういう実態はすぐ広まります。

その標語を以下のように『改良』して使い、鬱憤をはらしていたようです。

    ぜいたくは素敵(すてき)だ

    敵(つまりアメリカです)はぜいたくだ



ところで、標語ではありませんが、皆様は『実年』という言葉に記憶がございましょうや。

これは、1985年(昭和60年)11月25日、当時の厚生省が発表した言葉です。

当時から、医療技術の進歩、少子化と高齢化の進展によって、日本は世界有数の長寿国となりました。

政治家の世界では『五十、六十は鼻垂れ小僧』ですが、一般の国民も、同じになってきました。


それまでは、50歳代・60歳は老年者または高齢者と呼ばれていたのですが、それでは実態に合わないと、厚生省のエライ人は考えたのでしょう。

「新時代にふさわしい言葉を公募しよう」となりました。

その費用は、当然ながら税金でありますね。



公募の名前の第一位は『熟年』でしたが、なぜか選ばれず、『実年』となった次第であります。

この言葉は、一般には広まらず、現在は『死語の世界』です。

その当時、『実年世代』であったハナ肇とクレイジーキャッツの曲に『実年行進曲』があります。

この歌は、『実年』が作られたことを記念しているか、からかっているともいわれています。

作詞家は参議院議員と東京都知事の経験者です。



官庁ではありませんが、JR東日本の『E電』も命名者の願いに反して、同じ運命をたどりました。

これも公募の中から選ばれました。

審査員の中に、太った作詞家、作曲家がいました。

彼が作曲、作詞したCM歌は、これまで多くが必ずヒットしていました。

はからずも、彼の力が万能でないことが証明されてしまいました。

広まらなかった原因について、彼は「JR東日本が宣伝しなかったからだ」と述べています。

『自分のことは棚にあげて』の良い実例です。
posted by 陳澤民 at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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