2008年11月21日

白馬は馬にあらず? 『ニセ医師』は医師にあらず?

時代劇には剣術の師匠が弟子に『免許皆伝』の虎の巻を授ける場面があります。

あの『免許』とは、現在の運転免許とはちがって、その流派の剣法の極意を記した秘伝書です。

自分を権威付けるには、格好のものでしょう。



『免許』といえば、江戸時代の医師には、公的な免許は必要ありませんでした。

現在のような免許制度そのものがなかったのです。

薬屋の店員でも、耳学問で医術を覚えてしまえば、医師として開業できました。

髪を『慈姑(くわい)』という医師独特の形に結い、十徳(じゅっとく)という羽織のような服を着れば、これで医師のできあがりです。

現在の日本で、白衣を着て、聴診器を首にかけて、病院内を歩けば、医師と間違われるとのと同じです。

だだし、医師の看板を掲げても、患者がこなければ、メシの食い上げです。

当時の江戸は、現代以上の口コミ社会でしたから、その医師の腕、つまり名医かヤブ医かという噂はあっという間に広がりました。

いつの世でも、命と金は患者のものです。

金持ち、貧乏人に関係なく、医師を選ぶ権利を持っています。

ヤブ医という評判がたてば、誰でも命は惜しいですから、患者の待合室は人っ子一人いなくなります。

いわゆる閑古鳥が一羽だけでなく、何十羽も鳴けば、廃業するほかありません。

そうならないためには、医術を磨き、患者の病気を治さなければなりません。

そういう医師であれば、たとえ無愛想で口が悪くても、『商売繁盛』です。



現在の日本には、医師免許の制度がありますから、免許の無い医師は『ニセ医師』です。

時々、『ニセ医師発覚』のニュースがあります。

なぜか、不思議なのは、『ニセ医師』の評判がいいのです。

近所の人の、多くのコメントは「あの先生がニセ医師とは、まったく思いませんでした」です。

免許がないだけで、腕は本物の医師と変わらないのでしょう。

つい先日、関東の某県で『30年間も無免許の医師』が発覚しました。

その『医師』は65歳ですから、35歳から『医師』になっていたのです。

もしかすると、『ギネス級』かも知れません。

『整形外科医』であったそうですから、命に関わるとは思えませんが、30年間も疑われなかったのですから、あっぱれです。

どういうきっかけで発覚したかはわかりませんが、ちょっとしたことなのでしょう。



また、総理大臣が『失言』しました。

どうも、秋葉原での演説と勘違いしているようです。

いわゆる『先生』と呼ばれる職業である、教師、弁護士、代議士、そして医師は、まわりから『先生』と呼ばれていると、ついつい、エライ気になってしまうようです。


あるパッケージツアーの添乗員は「『先生』と呼ばれる人たちのツアーの添乗員はやりたくない」と語っています。

なぜなら、「こちらの言うことを聞こうとしない」からです。


最後に、某国の有力者であった故人の言葉を記します。

   白猫でも黒猫でも、鼠を取る猫が良い猫である。
posted by 陳澤民 at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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